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東京高等裁判所 昭和51年(ツ)122号 判決

上告人 東京食品信用組合

右代表者代表理事 外口茂三郎

右訴訟代理人弁護士 鈴木誠

被上告人 池田静子

被上告人 北川

主文

1  本件上告を棄却する。

2  上告費用は、上告人の負担とする。

理由

上告代理人鈴木誠の上告理由について。

既に貸主の名の記載されている金銭消費貸借契約書に債務者として署名(記名)押印すれば、特殊の事情がない限り、借主はその貸主との間で貸借を成立させる意思であったと認めるべきであることは、論を俟たないけれども、借主の先入観、軽卒、無経験等のため、そのように認定しがたい場合のあることは、絶無とは言えない。この点に関し原判決の確定したところによると、被上告人池田はホステスとして「ドミノ」という店に勤務していたが、「シャンクレル」というクラブにスカウトされた際、同クラブの部長一の瀬との間で、被上告人池田の「ドミノ」に対する約金五五万円の債務を弁済するための資金として金七〇万円を「シャンクレル」から借り受けることとし、その返済方法について毎月五日「シャンクレル」から支給される給料から金七万円ずつを天引して、一〇箇月でこれを完済することを約したこと、貸借の前後を通じ同被上告人は上告人と一回も接触したことがないこと、同被上告人は甲第一号証金銭消費貸借契約書、甲第二号証取引約定書、甲第四号証定期積金申込書に署名(記名)押印したが、その書類は「シャンクレル」の従業員が一の瀬の指示で、持参したもので、これには宛名として上告人の名が印刷されているのを一見したが、貸主は「シャンクレル」と信じこんでいたため、これに深く注意を払うことなく、その記載内容にも留意せず、またこれら書類について適切な説明をうけず、署名ないし被上告人北川の氏名を記名し、ついで被上告人らの印鑑を右書類を持参した「シャンクレル」の従業員に渡して同人をして印鑑を押捺させ、その間一〇分足らずで済んだこと、金七〇万円は「シャンクレル」のマネージャーからその社長の佐藤等と特殊の関係にある女性甲野花子振出の小切手で受領し、返済は月々の給料の中から天引きされていた等、原判示の事実を認定し、甲第一、二号証、甲第四号証中の被上告人池田の作成部分は、いずれもその意思に基かぬものとして、右証拠を採用しなかったものであるが、その趣旨は被上告人池田は先入観、無知、軽卒のため上告人から金銭を借用するという意識のないまま右甲号各証に署名(記名)押印したものであるから、その記載内容は貸借の相手方に関する同被上告人の具体的意思には合致せず、これをとって上告人と被上告人らとの間の金銭消費貸借の証拠とするわけにはいかぬと判示したものと解され、右の判断は首肯できないわけではない。従って、原判決に所論のような理由不備等の違法があるものとは認められず、論旨は採用し得ない。

よって、民事訴訟法第四百一条の規定により本件上告を棄却することとし、上告費用の負担につき同法第八十九条の規定を適用して主文の通り判決する。

(裁判長判事 室伏壮一郎 判事 横山長 三井哲夫)

〈以下省略〉

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